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好きなことを書くブログですが、今日は応募キーワードに沿って「私の転機」を書かせていただきます。

 

私の転機は、就職活動中にかけられた、ある言葉でした。

 

私が就職したのは2011年でした。

当時就職活動は大学3年生になってから本格化し、その年の10月に就職活動解禁、翌年4月(大学4年生)になる頃には半数以上が内定をもらっている状態の就職活動でした。

2010年はリーマンショックがあった翌翌年。

就職氷河期」と呼ばれた2年目が私の就職活動の期間でした。

 

私の親世代、現役大学生の就職活動スタイルからは考えられないかもしれません。

就職氷河期時代の就職活動スタイルは「数打て」でした。

マイナビでのエントリー数が100件は当たり前。

50件以上のエントリーシートを提出していることも普通。

リーマンショックで内定獲得数が圧倒的に下がり、どの就職活動生も「内定がもらえるか不安」という気持ちのなか、「とにかく数をこなそう。数を打てばあたるかもしれない」という強迫観念から多数の会社を受けていました。

そして、数を打つことが一種の安心材料でもありました。

「数を打っている俺の方が内定に近い」

他の就職活動生に対するマウンティングです。説明会やグループディスカッション、大学で同じ就職活動生に出会うと、必ずと言って良いほどこのマウンティングが行われていました。

そうしていないと、就職活動に対する不安に押しつぶされそうだったのです。

 

かくいう私もエントリーシートを送っただけなら30件は確実に超えると思います。

業界の決定が遅く、就職活動の開始は大学3年生の2月という出遅れ組にしては多いほうだと思います。(就職活動期間は3ヶ月間でした)

平日は毎日のように説明会に赴き、2,3社梯子することもよくありました。

帰宅したらエントリーシートを書いたり、企業研究をしたり。

エントリーシートも落ちたものを流用しているようではいつまでたっても通りません。

企業に合わせてどう個性を出していこうか、どうしていつも通らないんだろうと、企業のホームページをすみずみまで調べながらいつも悩んでいました。

大学の授業はほぼ単位を取得していたので問題ありませんでしたが、もはや就職活動が主体のような毎日でした。このときの酒量はすごく多かったことを記憶しています。

 

数打っていると、毎日のようにお祈りメールが来ます。

お祈りメールというのは、「厳正なる審査の結果、貴殿の採用を見送ることとなりました」という次の選考へのお断り・不採用の通知のことです。

不安に押しつぶされそうな就職活動生にとって、この通知は「ダメ人間」のレッテルを貼られたような気持ちになります。

それが本当に毎日のように、来ます。

なかなか選考が通らない人間にとって、就職活動というのは全く楽しいものではありませんでした。

できれば早く逃れたい。

そういう思う人がほとんどでした。

 

幸い私は4月上旬から選考が通るようになり、最終面接までいくつか通りました。

落ちた会社ももちろんあります。志望度が高い会社で、最終面接で失敗して案の定お祈りメールが来た夜は、酒を飲みながら声を荒げましたね……(遠い目)

 

どの就職活動生も、「第一志望群」の会社はいくつか選定しています。

第一志望群の会社3,4社のうち、一番志望度が低い会社(かつレベルの低めな会社)から、内定が出ました。

 

言うて、第一志望群ですよ。内定ですよ。

 

就活終わろう!!!!

 

私はそう思いました。

他の第一志望群の会社の選考はまだ終わっていません。二次面接待ちとかGD待ちとかまだ選考は続いています。

それでもいいと思いました。この就職活動の毎日から解放されたい。

全部お断りして内定もらった会社に行けば終われるじゃん。

そこそこの会社で、いいよ。

それしか考えませんでした。

 

そう当日の恋人に宣言しました。内定もらったところに行こうと思うと。

当然祝福してもらえると思っていましたが、恋人から言われたのは私の力を信じていた言葉でした。

 

「ここでやめちゃうの?なずなならもっと上の企業に行けるよ」 

 

過小評価をする私に対して、恋人はいつも過大評価してくれました。

このときも、少し低めのレベルで妥協しようとする私を叱り、励ましてくれたのです。

つらい就職活動を終わらせたい私も多少抵抗したように思います(笑)

だってつらいんだもん!やめたいんだもん!と喚いた覚えがあります。

 

でも最終的には就職活動を続けました。

そして第一志望群の中でも一番行きたかった、そしてレベルの一番高かった会社に内定を貰うことができました。

中堅と呼ばれるほど会社に在籍し、同世代の女性よりは多めの給与所得でもあります。

つらいなあと思うこともありますが、IT業界としてはレベルが上の会社で、面白いことも新しいことも経験させてもらっています。

あのときの一言がなければ私はそこそこの会社に行って、そこそこに生きていたと思います。

恋人の一言が、私の転機でした。

 

そしてその恋人が、いまの旦那様です。